「普通」とは幻想であり、安心である

2021年10月19日


こんにちは、ヤチヤチルです。

社会では「普通」の人は~、だとか、「普通」の感覚は~、とか、「普通」という言葉が何気なく使われます。
何かと社会は「普通」を求めてきますし、どんな人の中にも「普通」というものは存在するでしょう。

一体「普通」とは何なのでしょうか。

「普通」とは幻想であり、安心である

「普通」に学校に通って卒業する、「普通」に就職して働く、「普通」に結婚する、「普通」に子供を持つ。
社会には「普通」があふれています。
ほとんどの場合「普通」とは何か、と問われることなく使われているでしょう。

では、「普通」とはどのような存在なのでしょうか。
私は「普通」とは幻想でしかないと考えています。

「普通」とは社会の空気と個々人のイメージで成り立っている

社会における「普通」とは客観的で明確な基準が存在しません
では、「普通」とは何が決めるのでしょうか。
それは主に二つあります。

一つは社会の空気です。
社会の空気は主に時代と地域で変化していきます。

時代の例では、一昔前までは女性がバリバリ働くことなんて「普通」ではありませんでしたよね。
全面的にそうだとは言えませんが、現代では女性がバリバリ働くことは「普通」となってきました。

地域の例では、上京せず、地元に残って働くことが「普通」という地域も存在します。
一方で、都会に働きに出ることが「普通」の地域も存在します。

このように、社会の空気が「普通」を定義するのです。

「普通」を構成するもう一つの要素は個々人のイメージです。
人によって経験や成育歴は異なるため、「普通」のイメージもバラバラです。
例えば、女性に対して男性が奢るのは「普通」と考える人もいれば、割り勘が「普通」と考える人もいます。

このように見ていくと、客観的に「普通」とは何かを決められないことがわかっていただけると思います。
何故なら、社会は時代や地域によって変動しますし、個々人の抱えるイメージは異なるわけですから。
なので、私は「普通」とは幻想でしかないと考えています

「普通」とは安心である

「普通」とは幻想でしかないのに、時に暴力と化します。
何故なら、人々は「普通」であることを求めてくるからです。

ときに社会や他人は「普通」で丸腰の私たちを容赦なくぶん殴ってきます。
そして、自分自身もありもしない「普通」にしがみついて自傷行為を繰り返すのです。

では人々が「普通」を求める要因とは何か。
それは「普通じゃない」ものが怖いからです。

人間は未知のもの、理解できない異質なものに恐怖を抱きます。
なので、「普通じゃない」ものを排除して「普通」の状態を保ちたいのです。

「普通」とは、を考えさせられた経験

私は何度も「普通」とは何か、を考えさせられる場面がありました。
特に持病である双極性障害にまつわる、「普通」とは、には悩まされることがあります。

障害を持っていると「普通」じゃない?

事前にいっておくと、双極性障害は医療という観点からすると「普通」ではありません。
治療の対象なので、「普通」と思わず治療に励んでください。
問題は双極性障害の障害としての側面です。

双極性障害を患うと日常的に気分の上がり下がりがあったり、動けない日が出てきます。
もちろん治療すべき事ではありますが、今の私にとって「普通」である部分も存在します。
雨の日に寝込むとか、突然元気が湧くとかは生活の一部になっています。
社会や他人からすると「普通じゃない」のかもしれませんが、これが私の「普通」です。

先ほど述べたように、そもそも「普通」とは幻想なのでどんな人間も「普通」とも「普通じゃない」とも言える/言えないでしょう。

社会や他人、自分が押し付ける「普通」から逃れよう

「普通」とは幻想であるとともに、恐怖心の現れであり、時に暴力と化し、人々を苦しめます。
追い詰められる前に、「普通」から逃れましょう。

「普通」とは幻想であり、安心であり、現実には存在しません。
社会や個々人が生み出したものです。
是非「普通」に恐れをなさず、振り回されないように気を付けてください。

以上、ヤチヤチルでした。

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